哀しくて、儚くて、切なくて
学生時代、とあるバイトのヒマな時間を利用して一気に読んでしまった時の、読後感を今でも覚えています。目の前あるもの全てが哀しく見えてきたのです。しばらくの間身動き一つせず、じっと考え込んでいました。この本の中に登場してくる、儚いひとたち。主人公の前に現れたかと思うと、風のように駆け抜けて逝ってしまう。そして、かけがえのない直子。雨に負けぬ花のようでいながら、いちど折れてしまうと、もう元には戻らない…
「いつまでもずっと、私をおぼえていてほしい」と願う彼女の言葉には、どんな気持ちが込められていたのでしょうか…
作中の時代は、1960年代後半の学生運動の頃を描いているのですが、どうも私には1980年代後半のように思えてならないのです。1980年代後半といえば、学生運動なんてある訳がなく、その頃に気勢を挙げていた若者たちが大人になっています。また、当時はバブルもはじけていなかったので、誰もが浮かれていてこの本のような重いテーマで考えることをしない「軽い」時代だったのでした。
人と人の出会いは、ほんの一瞬にすぎないけれども、その人の心に残る印象はなかなか消えないものです。出会った者同士がお互いの気持ちを交わしていった時、お互いの心の一部を交換したとします。そして、どちらか一人がいなくなってしまった時、残された一人はもう一人に渡した自分の心の一部を失ったことに気づくのです。一番大事な人に渡した自分の想いが全て失われたとしたら、自分の中には何が残っているのでしょうか。
…直子は何も失わなかったことに気づいてしまったのです。
私はこの本を「精神(こころ)のリトマス試験紙」と呼んでいます。この本を読んで、激しく心が揺さぶられたとすれば、過去に不幸な思いをした人だと思います。そうでなければ…描写のきわどい本にでも見えると?
(村上春樹,講談社文庫)
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