2024/05/11

国立国会図書館がすごい

かねてから、国立国会図書館の蔵書数は知っていた。
しかし、デジタルライブラリーのことは知らなかった。

https://dl.ndl.go.jp/

絶版で入手難となっているものなどを電子化して、ネット経由で読めるようにしているのだ。
ユーザ登録していなくても、検索はできるようなので試しに検索すると…

あるあるあるある、あの日あの時読めなかった本、プレミア価格過ぎて入手をあきらめた本、失くしてしまってもう読めない本、子どもの時に読みふけった思い出の本…

なんたる僥倖!!

早速利用者登録を行い、先日ようやく本登録の知らせが届いた。
いちいちカード発行して送ってくるとかではないけど、全国中から登録が殺到しているのだろう。

今でも「この本はあるのかな」と、書名、著者、出版社などを手掛かりに検索をしている。
楽しみで仕方がない。

2024/03/23

Webページ再構築に向けて

ここ半年ほど、いろいろ検討してきた。
CMSは使わずにWeb1.0的な方法で構成しようと考えている。
あえて昔ながらのやり方でいくのにはわけがある。
  1. CMSの導入の手間を省く
  2. 更新範囲を最小限にする
  3. 自分が作ったコンテンツを自由に置きたい
Webページ設置はもうWordPress一強、という感がなくもないが、
自分としてはDB設定して、インストールして、テーマ入れて、
プラグイン入れて、その他設定を…そこまではいらないかな、と思っている。
かつてはそういうカスタマイズが楽しかった時期もあるが、
それが多くなりすぎて、もはや苦行になっている。(><)
最小限のHTML+CSS+JavaScriptでいいんじゃないかな。

それに、昔ほど更新頻度が高くないから、CMSで管理するまでも
ないかと考えている。DIYよろしく手作業でできる範囲で
メンテナンスできる構成にするつもり。

また、画像/PDF/その他のデータ(プログラムなど)を簡単に配置したい。
CMSで管理してると、後でサルベージする時に大変だ。
WebArchivesのキャッシュもあてにならないし。

だけど、スマホには対応しておきたいし、多少はSEO対策もしておきたい。
我ながらわがままな要求だったけど、それにかなういいテンプレートが
見つかったのでそれを利用することにした。

心残りは、更新情報をRSSで飛ばしたいのだけれど、
いずれはRSS化のスクリプトを自分で書ければ問題ない。
将来的な課題としては、いいお題だと思うし。

さあ、あとは作るだけだ…

2024/03/14

夢のマルチOS環境

 HDD を増設したついでに OS を切り替えられるようにしようと思いました。ところが、それは試練の始まりでもあったのです。

1. Win2000(RC2)をインストール→正常に動作したのは1回だけでした。当時はBIOSが対応していなかったため断念

2.Win98を入れた後でSystemCommando4(以下SC4)をインストール→SC4が8GB超のドライブを認識してくれない。やむなくMasterに7GB(従来)のHDD、Slaveに8GB超(増設)のHDDを接続する

3.Win98を入れ直し、SC4のインストールも終わってWin95をインストール→ドライブ指定を誤り最初からやり直すはめに

4.Win98,SC4,Win95を入れ直し、さらにPC-98イミュレータ「98/V」を入れようとした→失敗。仕方がないのでBeOSを入れた

5.TurboLinux3.0Jをインストール。なぜかSCSIデバイスを認識せずにインストーラが停まってしまう。やむなくSCSIボードを一時的に取り外してインストールした。

と、いうわけで苦労した割にはあんまり使いませんでした。面白がってあれこれ入れるというのも問題のようです。

しかしながら、インストールを繰り返すうちに、自分のPCのクセやOSのクセを知ることができているともいえるでしょう。さらにはトラブルの対応の練習にもなりますから。

2024/03/13

忍耐を強いられる開発者達

  OS は、普及するかしないかでその運命が決まります。特に、その OS 上で動作するソフトを作る開発者達は最初のお客様です。神様です。最初のとっかかりが勝負なのです。「開発者を大事にしない OS は廃れる」という言葉があるぐらいですし、開発者が少なければ当然ユーザー数は限定されてしまいます。

 私もプログラマの端くれですから「作ってみようか」と思いました。どうやってプログラムするか調べてみたら、それはとても敷居の高いものでした。

  • WindowsCE 単体で開発できるツールはない
  • WindowsCE 用開発ツールキットが必要(約 ¥25000) *注
  • さらにMicrosoft Visual C++ または Visual Basic が必要
  • 作成したプログラムは Win9x では動作確認できない(WinNTは可能)

 私はがっくりきました。一番ショックなのは開発ツールが高い! ツールキットだけで済むなら ¥25000 ぐらい頑張りましょう。しかし、さらに別のツールも買え(それも ¥5~60000)となると確実にやる気なくしてしまいます。

 どうも腑に落ちないのは開発ツールの動作環境です。「開発マシンとテストマシンは分けた方がいい」という先人の言葉があるので WinCE マシンの方で動作確認することはしませんが、Win9x マシンで確認できないというのは面白くありません。確かに、WinNT の堅牢さならエミュレーションも可能でしょう(WinCE は WinNT をベースにされて開発されたからという経緯もありますし)。じゃ「他の OS はダメ」では、日曜プログラマ、WinNT では負担の大きいマシンを使っている人を全て敵に回すことになるでしょう。
「動作が不安定な上に、操作性が悪い!」とユーザを怒らせる分にはいいですが、開発者に嫌われてはマズいです。少なくとも、やる気のある人だけは裏切らないでほしいものです。言葉は悪いかもしれませんが、言うだけ言っておかないと後悔すると思うので。

*注
最近になって「VC++ や VB を用意しなくてもいいフリー版もあるよ」とマイクロソフトが発表したのですが「CD-ROM送ってやるから金よこせ」みたいなことを言ってくるのです。何だかウラがありそうで(ユーザ登録ついでに何するかわかったものではありません)気味が悪いので注文をしていません。マイクロソフトの「無料」は後々高くつくに決まっています。

2024/03/12

悪の論理

悪とならぬ様、悪に向き合え

 冷戦も佳境に入った1980年代に書かれたこの本を今読むと、時代遅れの感がしないでもないのですが「当時の状況を顧みるに、こういう分析もあったのだな」とだけ受けとめるよう心がけ、本の内容に囚われないように気をつけました。

 国家戦略にはその国自身の「地勢」が大きな影響を及ぼしている、として理論を展開する地政学は20世紀の戦争やその後の混乱を引き起こした元凶のひとつとされています。そのため戦後の日本では「タブー」視され黙殺されているような状態です。読み進めていくと、確かに取り扱いに注意を払わないといけない「アブない」概念ではあります。しかし、なぜに支持されたのか、なぜにタブー視されるのかを知る手段は残される必要があると思います。ちょうど、詐欺のやり口に対抗するために詐欺の手口を学ぶというようなものでしょう。今もなお「地政学」に基づく戦略を持つ国家がある限り、その意図を理解できないまま争いに巻き込まれるよりは、予防手段のひとつとして掴んでおく事が大事だと思います。

 当時の為政者や軍人たちは「地政学」を原子力と同じく使い方を誤ったかと考えられます。そうでなければ、何が正気で何が狂気であるか判断ができないほど、さらに愚かだったことになると思います。

(倉前盛通,角川文庫)

2024/03/11

ジョイ・ラック・クラブ

おんなの生きざま半荘

麻雀は4人いないと始まらない。やはり「賭ける」ものがあったほうがいい。運を天に任せず自分の力に頼るのみ…

(この本を読むために麻雀の知識は一切要りません、念のため)

中国からアメリカに渡った4人の女性たち。そして彼女たちの娘が4人。ひとりにひとつずつのショートストーリーでちょうど半荘という感じです。「喜福倶楽部」の女たちの、運命に翻弄されながらも強く生きようとする女の生き様が描かれる一方で、母娘の絆の深さというものについても考えさせてくれる内容になっています。

私は男だけの三人兄弟として育ったので、母と娘の関係についてはわかりません。ですが、周囲の母娘を見回してみると、親子ではあっても時には友人のようであったり、娘に子供が生まれれば「母親同士」というような連帯意識をもったりするようなところが、父と子の関係とは全く異なるのだと思います。そして、わからないながらも、その見えない母娘の結びつきの強さはいつの時代にも受け継がれていくのだ、と読み取りました。

ちなみに映画「ジョイ・ラック・クラブ」も、登場人物が入れ替わっていくところは、本と同じです…麻雀牌ほどの目まぐるしさではないですが。

(エィミ・タン,角川文庫)

2024/03/10

アーサー王宮廷のヤンキー

うちあたいのクレメンス氏

「トム・ソーヤーの冒険」「ハックルベリィ・フィンの冒険」などで有名な作者ではありますが、「王子と乞食」やこの本のような「王制風刺もの」もあります。なぜマーク・トウェインが王制もの(それもイギリス)を書いているのか、読み進めていくうちになんとなく感じたことがありました。

──マーク・トウェインは王制もので奴隷制を風刺しているのではないか?

ときは南北戦争まであと何年ぐらいといったアメリカ「南部」。広大な土地と奴隷による高収益、まるで「貴族」のような暮らしを送る白人たち。英国という「王制」から独立して何年というが、やっていることはアメリカ独立精神とは180度違う封建制度のような社会ではないか…と。

マーク・トウェインは奴隷制の批判をしたり、奴隷解放運動に積極的だったという逸話はなかったらしいのですが、生まれ育った土地柄などであからさまな言動を控えていたのだと思います。それでも、矛盾した世間に対して王制風刺といった形で批判せずにいられなかったのではないでしょうか。マーク・トウェインことクレメンス氏の「うちあたい」している様子が見えるような気がします。この本をおかしく読み進めながら19世紀のアメリカに重ね合わせてみると、なんとも重たい読後感となってしまいました…

※「うちあたい」とは沖縄の方言で「非難していることに自分も含まれていることに気づいた状態」のことを言います。「自分のことを棚にあげて人を叱りながらも、自分の良心にも感じるチクチクした痛み」という例え方をしている人もいます。

(マーク・トウェイン,創元推理文庫)