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2024/08/04

ラリーX

拡がる世界

 初めてゲーム画面を見た時「あ、それでもいいんだ!」と感動したのを覚えています。
 それまで、ゲーム画面は見えている画面内だけで完結してるものだと思い込んでいたのですが、上下左右にスクロールさせると隠れていた画面が見えてくる、というのは非常に新鮮だったのです(*1)。

 もちろん、画面外のターゲットは見えないので、ゲーム画面右側には「レーダー」として自機やターゲットや敵の位置を表示させるという効果が、これまた新鮮に感じました。ところが、レーダーを見ながらのプレイがなかなか難しいのです。大きな迷路のようなフィールドを右往左往してしまうし、敵に気を取られ過ぎているとレーダーには映らない岩に衝突してしまいます。なかなかに難しいのです。
 敵に反撃する方法は、煙幕ボタンを押して敵を一時的に足止めすることしかできません。煙幕は自機の後ろにしか出せないので、正面に敵がやってきたら踵を返すしかありません。もちろん挟み撃ちの危険は常につきまといます。

 難しすぎてすぐに「ニューラリーX」に置き換わっていってしまいましたが、あの時代に奇抜でストイックなゲームを出しても、受け入れられたのはやはり画面の拡がりを感じさせたからではないかと思います。

*1 このころ既に横にスクロールする「スクランブル(コナミ)」も知っていたのですが、あれは強制的にスクロールしていくため「背景の一部」に過ぎないものと捉えていました。

※「ラリーX」はPS4やSwitchの「アーケードアーカイブス」で遊ぶことができます

2024/02/09

キング&バルーン

 自機リザーブ無限のシューティング

 「へんてこなゲームが出た!」と師匠は、そのゲームのことを教えてくれました。画面上から飛来してくる風船が画面下にいる王様をさらおうとしているで撃ち落す、というゲーム内容なのですが自機(砲台)は何度破壊されてもいいらしいのです。

 ゲーセンに行って実物を見れば、なるほど自機が敵キャラや弾に触れれば破壊されてしまい一定時間だけ敵を攻撃できなくなるだけで、例の王様を敵に連れ去られてはじめて1ミス(*1)、ということなのです。それなら、自機が破壊されてもタイミング良く王様を連れ去られなければミスにならない、ということになるのです。腕が上がれば何時間でもプレイできてしまうのです。

 さっそく頑張ってプレイしたのですが、小学生の私は(下手なので)ガンガンやられてしまい、そのうちに王様はさらわれてしまいます。でも、自機リザーブを気にしなくてすむのでお得な気分でした。敵キャラを撃ちまくることに専念しておけばそこそこ遊べたのでそのゲーセンに行くと必ず遊んでいました。また「HELP!」「THANK YOU!」「BYE BYE!!」としゃべる(*2)ところも愛嬌がありました。PlayStation 用ソフト「ナムコミュージアムアンコール」に収録されているので、今でも遊ぶことができます。

*1: 敵キャラが王様を画面上端に連れ去るまでにその敵キャラを撃ち落せば王様も戻ってきます。その時王様が傘を開いて画面下まで降りてくるのです。その間は敵の攻撃も弱まるので反撃のチャンス到来…という絶妙のバランスでした。

*2: 今みたいにメモリ上に録音(サンプリング)なんてせずに、コンピュータ上で合成した音声です。あの頃はリアルな音声よりはちょっと無機質な響きのほうがカッコ良く聞こえたのは何故だろう。

※「ナムコミュージアムアンコール」はAmazonで中古品が入手できます

2024/02/06

タンクバタリアン

 弱点まるだしでいいのか総司令部!

 この時代のシューティングゲームのほとんどが、が画面最下段を左右に動き回って画面上部から押し寄せてくる敵を撃つべし、という構成でした。でも、このゲームはパックマンよろしく画面を縦横無尽に動き回れるところと、画面下部中央に位置する「総司令部」の存在がこのゲームを非常に変わったものとしていました。自機のリザーブが残っていても総司令部が破壊されれば即ゲームオーバーというルールは当時としても非常にシビアだったのです。

 タンクバタリアンを最初に見かけたのは、行きつけの駄菓子屋(*1)でした。やはり第一印象は「難しそうだな」というもので、しばらく様子を見ていました。自機を操作しつつも、総司令部を守るために大忙しです。この総司令部の防護壁が薄いのがやっかいで、そういう場合は自機を盾代わりとしなければならないのです。さて、私も早速やってみたのですが思うようにはいきません(まあ、当時小学生でしたし)。画面のあちこちにいる敵戦車を撃破していると総司令部に一台敵戦車が迫っているではないですか! きびすを返して総司令部の方へ引き返します。あと一発でも弾が当たれば総司令部は破壊されてしまいます。私は総司令部の目と鼻の先にいる敵戦車に向かってボタンを叩きました。

 …ひょい。

なんと、敵戦車が方向転換して弾をよけてしまったのです(*2)。そして私の弾が総司令部を破壊しました。もちろんゲームオーバー。あっというまの出来事に私は呆然としてしまいました。

 タンクバタリアンは地味でしたが、後にファミコンの「バトルシティ」とか「タンクフォース」という形で何らかのフィーチャーを加えリメイクされました。それだけにいぶし銀の魅力を持っていると言っていいかもしれません。

*1: ちょうど切手集めが流行っていた頃もあって切手も取り扱っていました(駄菓子が先か、切手が先かは不明ですけど)。最近は見かけないタイプのお店ですね。

*2: 文字だけではうまく伝えられないと思います。よくわからない場合は連絡ください。

※タンクバタリアンはSwitchの「アーケードアーカイブス」に収録される予定です

2024/01/31

パックマン

 血まみれのレバーと左手と

 およそゲーマーなら知らぬ人はいないとも言われるパックマン。20世紀を代表するゲームキャラとして故アンディ・ウォーホールのアート題材に使用された経歴も持っている(*1)くらいですから、その知名度は計り知れません。中心角度を200度以上にとった黄色い扇形というシンプルな姿ながら大食漢で敏捷性に富み、なぜか4匹のモンスターに追っかけまわされる。そんな彼を1本のレバーで操作してできるだけたらふく食べさせてあげればいいのです。

 1本のレバーといえば…

 パックマンが喫茶店のテーブル筐体に設置されていた頃(*2)、小学生の私は家計を助ける(そしてお小遣い)ため夕刊の配達をしていました。その途中で、配達先の喫茶店で1ゲームだけ遊んでいく、ということがしばしばありました。そんなある日のことです。

 その日は調子が良く、自己最高のスコアとなっていました。エキサイトした私はレバーを強く強く握っていいました。ゲームが終わり、いやに左手が汗でぬるぬるしていると思ってみると左手は血まみれでした。当時のテーブル筐体にはあまり人間にはやさしくないつくりだったのでレバー基部の周囲が保護されていなく、レバーを握り締めた左手を傷つけてしまったという訳です。喫茶店のマスターに手当てしてもらいましたが叱られてしまいました。

 今でも、左手にその傷跡が残っています。きっと「おまえは一生ゲーマーなのだ」と烙印を押されてしまったのかもしれません。

*1: かの巨匠が他のゲームにも通じていたかどうか、定かではありませんけど。

*2: 最近はテーブル筐体も珍しくなりました。インベーダーブームの頃は何か1品だけ注文して後はすべてゲームに使われてしまい、喫茶だか喫ゲームなのか判りませんでした。まあ、ゲームの売上げの方がいいからお店の方も手間がかからなかったのでしょうけど。

※「ナムコミュージアムVol.1」はAmazonで注文できます。多数に移植あり。

2024/01/25

ナバロン

 正体不明のゲームなれど

 このゲームについての情報は皆無といっていいほどありません。ゲーム内容どころかゲーム画面写真さえも見当たらないぐらいなのです。ゲーム名の由来はおそらくアリステア・マクリーン原作「ナバロンの要塞」あたり(*1)でしょう。と、すればきっとシューティングゲームと推測されます。

「見たことも遊んだこともないゲームに書くことがあるのか」と思われる向きも多いことでしょう。でもナバロンはおそらくナムコ初の地上戦闘シューティングゲームということで、非常に個性的なゲームだったのではないでしょうか。その個性ゆえに、当時のゲーマーに受け入れられてもらえなかっただけかもしれません。そう推測する理由は、後のナムコの地上戦闘シューティングゲームのほとんど(*2)(タンクバタリアン/フォース、グロブダ、ブレイザー、アサルト、サイバースレッド/コマンド、TOKYO WARS…)は必ずといっていいほど特殊なゲーム性を持っているからです。シブいゲーム構成、かつシビアな難易度。「ナムコの戦車系ゲームはストイックなものが多い」といわれるルーツはナバロンにあるかもしれないのです! …いい線いってると思うのだけど、どうでしょう?

 今かりに遊べたとしても「なぁんだ、こんなものか」というような内容かもしれません。もしもリメイクされる/されていたとしてもたいした話題性もないでしょう。でも、単に古いというだけでなく一切の情報がないところから思いを馳せてみるというのも悪くはないのではないでしょう? 勝手な想像が、ひょっとしたら新たな創造に結びつくかもしれないのだし。

*1: 他にも続編「ナバロンの嵐」、そして両者とも映画化されてます

*2: ごめんなさい、「タンクマニア」だけは遊んでません。だから断言できません

任天堂Switchの「アーケードアーカイブス」で配信されています


2023/12/12

キューティーQ

 パドルゲーム時代の終わり

 実は、このゲームをゲームセンターで遊んだことはありません(もしかしたら沖縄には1台も設置されていなかった可能性があります)。でも、さいわい Playstation 用ソフト「NAMCO Musium Vol.2」に収録(*1)されています。興味のある方はプレイしてみて下さい。
 さて、パドルゲームはシンプルな反面、単調になりやすいのが欠点です。また、指先の繊細な動きもすぐに反映されるため手先があんまり器用でないお子様ゲーマー(昔の私)には非常に難しくなってしまいました。また、昔のゲームは現在ほど親切設計ではありません。リザーブの増えるなどのプレイ延長ボーナスが1度しかない(エンドレスプレイは不可能な上に不可能)とか、継続プレイの設定なし(それほど深いゲームもありませんでしたけど)とか、非常に押し付けがましいインターフェースであったわけです。

 ビデオゲーム黎明期のパドルゲームはあっさりと「スペースインベーダー」などのシューティングゲームなどに代わられていったのですが、ちゃっかりと家庭用ゲーム機になってしばらくは生き延びていました。シンプルなルールと「飽きるまで遊べる」という家庭用ゲームならではの割安感。これまでは一方的に「視る」だけでしかなかったテレビの新しい活用法。じわじわと家庭に「マイコン(*2)」が浸透しはじめていった、といってもいいかもしれません。
 キューティーQはビデオゲーム黎明期の、パドルゲーム群のひとつとして終わりました。でも、ただひとつだけ特に記憶に留める価値があるとすれば、このゲームには「ウォークマン」というキャラクタがいたことです。SONY 社のそれとどちらが先に出現したか定かではありませんけれども、何らかの時代を感じさせつつ、第1次パドルゲーム時代の幕引きを務めたといってあげれば彼も浮かばれるのではないでしょうか。

*1: 「ボムビー」に切り替えちゃった人は、とりあえずボムビーを実行します。テストパターンが表示されている間にすかさず1プレイヤー側のコントローラーの○ボタンを7回、□ボタンを6回、×ボタンを5回入力すると「キューティーQ」に戻ります。

*2: なんだか今では古くさい言葉になってしまいましたが、当時は「アイティー」なんかよりずっと具体性があったのです。一時はパソコンを指す言葉(「マイコンピュータ」の略?)でもありました。

Amazonにて注文することができるようです

2023/11/22

ギャラクシアン

 シューターの誕生

 世界で最も知られているビデオゲーム「スペースインベーダー(*1)」が大変なブームを巻きおこし、社会現象となっていた頃、私はまだ小学生でした。もちろんおこづかいは貴重だったので、うまい人のプレイを後ろから覗きこんでばかりでした。時にはプレイすることもあるのですが、やはり長続きしませんでした。

「スペースインベーダー」には一種の時間制限があり、コンスタントに倒していかないとゲームオーバーになってしまいます。「攻めてくる敵を倒す」という爽快感はあっても、せきたてられるのが私の不満でもあったのです。そこへ現れたのは流れる星空をバックにした「ギャラクシアン」です。単調なインベーダーの動きとは違い、曲線を描きながら多彩な攻撃を行うエイリアン。(当時としては)凝ったサウンドエフェクトに(8色とはいえ)カラフルな画面。貴重なはずのおこづかいはますます消えてしまいました。しかしながらここに、一人のシューティングゲーマーが生まれたのです。

 色々なゲームが遊べる今になっても、やはりシューティングゲームの新作を見つけるとわくわくしてしまいます。敵陣に単身で乗り込み(*2)、迫りくる数々の敵を撃ち破るというシチュエーションは人間の闘争本能を刺激してしまうのでしょうか。

*1: ローカルなネタですが、沖縄で一部の世代が「名古屋撃ち」のことを「わじゃ(技)」と呼んでました。今でいう「ウラ技」のことですが、現在では「ちょっと気のきいたこにくらしいテクニック」というニュアンスの言葉として現在でも通じています。こんなルーツ知らない(または忘れた)人がほとんどなんでしょうけどね。

…あ、「名古屋撃ち」も知らないなら聞かなかったことにしてください。

*2: まあ、残機(リザーブ)があるから、本当の意味で孤独なファイターというゲームは少ないですけど。

※「ナムコミュージアムVol.3」がAmazonで注文できるようです 

2023/11/07

ボムビー

 パドルゲームの魅力

 このゲームも稀少で、設置しているゲームセンターはないといってもいいでしょう。ですが、Playstation用ソフト「NAMCO Musium Vol.2」に収録(*1)されています。興味のある方はプレイしてみるといいでしょう。

 パドルゲームの魅力はやはり「破壊」につきると思います。世界最初のアーケードゲーム「BREAK OUT(いわゆるブロックくずし)」もそうでした。私が思うに、パドルゲームの隠されたもうひとつの魅力はあのコントローラにあると思います。

 なにより、スティック型(*2)のコントローラと違い、指先の動きだけで画面のパドルが俊敏に反応するのが特徴的です。とても繊細な動きですが、「右、左」という動きのためゲームルールをシンプルにしやすいのです。思い起こせば私の師匠(*3)も当時は「スペースインベーダー」よりは気楽にできる「BREAKOUT」を好んで遊んでいたと記憶しています。

*1: 初期状態では「キューティーQ」なので、とりあえずキューティーQを選択します。すると、テストパターンが表示されるのですかさず1プレイヤー側のコントローラーの○ボタンを7回、□ボタンを6回、×ボタンを5回入力すると「ボムビー」に切り替わります

*2: 昔は「レバー」と呼んでいたような気が…「ジョイスティック」というのも登録商標のようですし。

*3: 私より4歳年上の知人で、よく私をゲーセンに連れて行ってくれた方です。最後に会ってから久しいのですが、お元気でしょうか…

Amazonにて注文することができるようです 

2023/10/16

ジービー

 幻の10円ゲーム

 小学校にしてビデオゲームの魅力にとりつかれてしまった不良な私(*1)は、なけなしのお小遣いを片手に補導員におびえながらもデパートの屋上のゲームセンターに月に一度くらいのペースで通っていました。もちろんお金も技術もお粗末だったので、すぐにお小遣いは無くなってしまいます。そのゲームセンターの片隅には、ブレイクアウト(いわゆるブロックくずし)のような、ピンボールのようなゲームがあり、プレイ料金は10円でした。ゲーム画面も白黒のブラウン管に直接カラーテープを貼るといった貧相な体裁(*2)なので、誰も見向きもしません。

 このゲームをやってみると、ブレイクアウトよりも色々と工夫がこらしてあり、なかなか楽しめました。パドル操作のゲームにピンボール風の味付けが功を奏したといっていいでしょう。こうして私は最後の10円玉までゲームにつぎこむようになってしまったのです。

 現在、ナムコ初のビデオゲーム「GeeBee」を見かけることは極めて難しいでしょう。約20年前の発売当時でさえも遊んだことのある人はかなり少ないのではないでしょうか。まさに幻のゲームなのです。

*1: 当時、「ゲームセンターに行くのは不良だ」という風潮でした

*2: ビデオゲームの黎明期はカラーディスプレイが高価でした。カラーなだけでプレイ料金を倍にするゲームセンターもあったほどです

付記:ジービーは家庭用ゲーム機やPCなどに移植されたことはありません